大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成8年(ネ)1085号 判決

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  参加人の本件申立てを却下する。

三  控訴費用は控訴人らの負担とし、参加費用は参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら及び参加人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は名古屋金属株式会社に対し、金1億5,350万円を支払え。

3  被控訴人は名古屋金属株式会社に対し、金6,000万円を支払え。

4  訴訟費用は第1、2審を通じ被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言(なお、参加人は右2、3につき仮執行宣言を申し立てた。)

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  控訴人ら及び被控訴人の主張

次に附加、訂正するほか、原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決14頁8行目冒頭から15頁1行目の「るところである。)は、」までを、「仮にしからずとしても、被告は、平成5年11月15日本件会社の取締役に選任されるとともに、同日代表取締役に選任され、平成6年5月20日被告、A山A子、B山B子が取締役に選任され、同日被告が代表取締役にそれぞれ適法に選任されたが、右3名は、」と改める。

2  原判決17頁11行目の「被告主張の」から18頁1行目の「ことは認めるが、」までを、「被告、A山A子、B山B子が被告主張のようにそれぞれ取締役及び代表取締役に適法に選任されたことは認めるが、」と改める。

二  控訴人の主張

1  控訴人は原審で右一2記載のとおり認めた(以下、「本件自白」という。)が、その真意は、株主代表訴訟であるがためにその限りで被控訴人が表見的に本件会社の代表取締役であったことを認めたものであり、その後の株主総会の開催の違法・適法までに影響を及ぼすものとして認めたものではない。したがって、被控訴人主張の平成7年5月27日開催の定時株主総会の議決が本件自白により有効になることはない。

2  仮に、本件自白が右のように限定的なものと解されない場合は、本件自白は真実に反し、かつ、右のように限定して自白することができるとの誤解に基づくものであるから、本件自白を撤回する。また、株主総会の決議の存否等のように合一に確定されるべき場合は、一方の当事者と他方の当事者である一部の株主との間でなされた自白は制限された自白として訴訟上取り扱われるべきである。そうでなければ、他の株主が当事者参加した場合、その者が自白しない限り合一に確定できないこととなるからである。

3  そして、本件自白を撤回した後の請求原因を、次のとおり変更する。

(一) 控訴人らは、本件会社の株式を6か月以上前から継続して保有する株主である。

(二) 被控訴人は、平成5年11月15日から本件会社の代表取締役に選任されたとしてその旨の登記を了し、現在に至るまで代表取締役の権限を行使しているものである。

ところで、商法267条の株主代表訴訟にいう取締役は、その立法趣旨を考えれば、適法に選任された取締役に限る必然性はなく、選任手続を経ずに事実上表見的に取締役の権限を行使し又は行使している取締役に対して、会社が責任を追及するのは困難であるから、それらの取締役を含むものとしなければならない。

(三) 春男は、本件会社の創立以来死亡した平成5年11月16日まで本件会社の代表取締役であったが、被控訴人は、同人の子であり同人の相続債務全部を承継した。

(四) 春男は、本件会社の代表取締役在任中の昭和60年3月期から平成6年3月期にかけて、同人及び他の取締役の役員報酬及び役員賞与として、本件役員報酬及び本件役員賞与の合計1億5,350万円を自己及び他の取締役に支払った。

(五) 被控訴人は、平成6年6月ころ、本件会社の代表取締役として、春男の代表取締役退職慰労金名目に6,000万円を自己に支払った。

(六) 原判決請求原因3(一)ないし(三)に同じ。

(七) 春男及び被控訴人の右各行為は、商法の諸規定・諸原則及びその法理に著しく違反することは明らかであるから、被控訴人は、右(四)については春男の相続人として、その余については表見取締役当事者として、いずれも商法266条1項5号に基づき、本件会社が右各違法行為によって被った本件役員報酬・賞与及び退職慰労金の合計2億1,350万円の損害を本件会社に賠償する責任がある。

(八) 控訴人らは本件会社に対して、書面をもって取締役たる被控訴人の責任を追及することを求め、右書面は平成6年9月4日ころ到達したが、本件会社は30日を経過しても訴訟を提起しなかった。

(九) よって、控訴人らは、商法267条に基づき、本件会社のため被控訴人に対し、本件会社に同法266条1項5号に基づく損害金として2億1,350万円の支払を求める。

4  本件役員報酬等及び本件退職慰労金の支出の著しい不当性及び重要な会社財産の処分の違法性について(原判決請求原因3(二)、(三)の補充主張)

本件会社は、昭和39年7月、本来の営業を閉止して以降、会社社宅7か所及び土地を管理する不動産賃貸業となったが、収入が僅かであり、会社所有の不動産・ゴルフ会員権の資産を処分したとき以外は毎期赤字決算を続けていた。しかるに、この間毎期役員報酬840万円、時には4,800万円以上を支出し、また、株主配当をせずに役員賞与を400万円以上支出し、その合計金額は昭和60年以降に限定しても巨額に上っている。不動産賃貸業として、春男に対して貸している社宅の毎月3万円の家賃収入しかないのに、管理費として毎月150ないし300万円を支出し、赤字が毎月100万円以上になるという状態で、かかる報酬・賞与を支払うのは著しく過大である。春男は、代表取締役であった間、その代表者の地位を利用して5億9,000万円余の主要な会社財産を処分したり、6,900万円余の積立金を取り崩して利益を装ったりして、多額の役員報酬・賞与を支出したが、G山・D山・E山3名に6,300万円を支払った以外は、大半は自分自身に支払ったものである。その結果、53期の平成6年度末には繰越金として6,800万円余を、会社資産としては社宅1か所を残すだけとなった。春男は30年近い在職中、既に会社財産から多額の金員を手中にし、退職金相当分は受領したとみられるから、それ以上に功績に報いると称してその死後退職金を支払うのは、前記他の創業以来の3役員へ支払った退職金合計金額6,300万円余に比しても、故なく金額を倍加する結果となって著しく不当である。右各支出行為は、取締役がその義務に違反し、配当もしくは速やかな解散清算により残余財産として株主らに配分すべき会社財産を自己の利益のために蚕食したものである。

三  被控訴人の反論及び変更後の請求原因に対する認否等

1  控訴人らの本件自白は十分に検討のうえでなされているから、その撤回は許されない。

2  右二の3(一)の事実は認める。

同(二)のうち、被控訴人が代表取締役として権限を行使していることは認める。

同(三)のうち、被控訴人が春男の相続債務全部を承継したことは否認し、その余の事実は認める。

同(四)の事実は認める。

同(五)のうち、被控訴人が6,000万円を支払ったことは認めるが、自己に支払ったことは否認する。

同(六)、(七)は、否認ないし争う。

同(八)の事実は認める。

第三  参加人の主張

一  参加人は本件会社の株式4000株を保有する株主である。

二  その他の請求原因は、控訴人らの右二3の変更後の請求原因及び同4の主張に同じ。

三  参加人は控訴人らと被控訴人との間の本件訴訟の判決の効力を受けるので、控訴人らの共同訴訟人として民訴法75条により参加の申出をする。

四  控訴人らの提起した問題は、参加人が参加の申出をしてもしなくても判断しなければならないから、参加人の参加が本件訴訟を遅延させることはない。

第四  参加人の主張に対する被控訴人の答弁

参加人の本件参加の申出は、次のとおり商法268条2項ただし書きにより認められない。

参加人は、これまで本件訴訟が係属していたことを熟知していたから、参加の申出をしようと思えば、控訴人らの本訴提起後早い段階で参加の申出をすることに何の支障もなかった。しかるに、参加人がこの段階になって突如参加の申出をした目的は、控訴人らの自白の撤回とあいまって、新たに多くの争点を惹起することによって訴訟を複雑化しようという目的に出たものである。

仮に、参加人の本件参加申出が認められた場合、被控訴人としては自白の撤回が許されるとの考え方に備え、改めて被控訴人の取締役、代表取締役としての地位の適法性を立証するため、E山E男、F山F男をはじめ多くの関係者の証人調べが不可欠となってくる。したがって、参加人の本件参加は不当に訴訟を遅延せしめるもので到底認められない。

第五  証拠

原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件自白について

本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人が、原審第3回口頭弁論期日において、本件役員報酬、賞与の支払については、平成6年10月23日開催の臨時株主総会において承認可決されたので、瑕疵があったとしてもこの瑕疵は完全に治癒されたと主張したところ、控訴人らは、本件会社の代表取締役は平成5年11月以来被控訴人であるからF山F男が代表取締役として招集した株主総会の決議は不存在であると主張して、右被控訴人の主張を争った。

2  被控訴人は、平成7年5月12日付準備書面(原審第4回口頭弁論期日において陳述)で、控訴人らに対し、「被控訴人は平成5年11月15日取締役に選任されたこと、そして同日の取締役会で代表取締役に選任されたこと、平成6年5月20日被控訴人、A山A子、B山B子が取締役に、C山C子が監査役に選任されたこと、同日被控訴人が代表取締役に選任されたこと」は争わないのか否かを明確にするよう求めた。

3  被控訴人は平成7年7月24日付準備書面(原審第6回口頭弁論期日において陳述)で、原判決抗弁五1(二)の事実を主張した。

4  控訴人らは原審第7回口頭弁論期日において原判決抗弁五1(二)の定時総会は仮装の総会であると反論した。

5  控訴人らは、原審第8回口頭弁論期日において、右2の求釈明について、それぞれ適法に役員に選任されたことは認めると述べた。

右認定の本件自白がなされた経緯に照らすと、本件自白は、控訴人らの主張のように株主代表訴訟を追行するのに必要な限度でなされたものでないことは明らかである。また、控訴人らは、被控訴人から原判決抗弁五1(二)の主張がなされた後に、主張の定時総会は架空で不存在であると反論したうえ、被控訴人の右主張の前提となる役員の選任について認めたものであるから、本件自白をするについて控訴人らに誤解や錯誤があったとは到底認められない。

したがって、本件自白の撤回は許されない。そして、参加人の参加が後記理由により許されないので、参加人との間において合一確定させる必要がないから、控訴人らのした本件自白は自白の拘束力が生じる。

二  控訴人らは、本件自白が控訴人ら主張のように限定的に解されない場合は、本件自白を撤回するとともに、請求原因を変更するとしたが、その趣旨とするところは、本件自白の撤回が許されない場合は、変更前の請求原因(変更後の請求原因とは同(二)以外は基本的に同じである。)を維持するものと解されるので、変更前の請求原因に基づく控訴人らの本訴請求の当否について判断する。ただし、変更後の請求原因でより明確にされた部分については、これに訂正されたものとして取り扱う。

三  そこで検討するに、当裁判所も控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないと判断するが、その理由は次のとおり改めるほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

原判決28頁6行目の冒頭から29頁1行目末尾までを次のとおり改める。

(二)(1) 春男が、本件会社の代表取締役在任中の昭和60年3月期から平成6年3月期にかけて、同人及び他の取締役の役員報酬及び役員賞与として、本件役員報酬及び本件役員賞与の合計1億5,350万円を自己及び他の取締役に支払ったこと、被控訴人が、平成6年6月ころ、本件会社の代表取締役として、春男の代表取締役退職慰労金名目に6,000万円を支払ったことは、当事者間に争いがない。

(2) ところで、役員報酬、退職慰労金の額は定款の定めがない限り(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第23号証によれば、本件会社の定款には右額の定めがないことが認められる。)株主総会の決議によって定められ、また、役員報酬の支出は株主総会の承認を要するとされていることに鑑みると、右決議又は承認の取消事由となる程度に右額が著しく不当でない限り、右報酬等の額の相当性は株主総会の自主的判断に委ねられていると解するのが相当である。

そこで、本件役員報酬等の支出が右観点に立って著しく不当であるかどうかについて検討する。

<証拠略>によると、次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

本件会社は、昭和23年2月春男、D山D男らによって鉄鋼取引等を目的として設立され、以来順調に業績を伸ばし、昭和38年度には売上高約30億円、税引前純利益約3,000万円を拳げるに至り、株主に対しては年2割の配当をした。しかし、商社企業の大型化、系列化が時代の要請となり、本件会社は、昭和39年7月鉄鋼部門を大同製鋼株式会社に譲渡し、同月25日会社の目的を不動産賃貸業に変更した。その後、本件会社は、所有の不動産等の資産を管理運用するだけとなったが、資本(金額1,000万円)・負債の合計額に比し多くの資産を有し、土地等の資産を処分すれば多額の利益を得ることができた。控訴人らが問題とする昭和59年度(昭和59年4月1日から昭和60年3月末まで)から平成5年度までの間においても、本件会社は、平成2年度に土地を処分し、役員報酬として4,840万円を支払った後、なお当期利益金約5,825万円を計上した。退職慰労金支払の例としては、昭和55年前記D山D男が退職する際に3,000万円が支払われたことがある。また、昭和62年度から平成4年度まで役員賞与として毎年400万円が支払われているが、これは、春男とE山E男の2名に対する各200万円ずつの支払である。そして、本件会社には、平成6年3月末現在で繰越利益金が約6,801万円、資産が約8,423万円(土地については簿価(取得原価)で計算)存在する。

右認定の本件会社の資産の保有及び利益の発生状況並びに春男らの本件会社の発展・拡大に対する功績、不動産の管理業務等に照らせば、本件役員報酬等の支出が著しく高額であって不当であるということはできない。

控訴人らは、多くの会社資産を処分することが不当であると主張するが、会社の経営資源をいかなる時期にいかに活用・変更・処分するかは、取締役が経済情勢、景気の状態、業界の動向、会社の近時の業績、将来の見通しなどを勘案して行う経営判断に委ねられている事柄であり、また、右資産の処分自体によって、本件会社に損害が発生した事実も認められないので、右処分が直ちに取締役の善管注意義務ないし忠実義務に反するとはいえず、他に本件役員報酬等の支出が著しく不当であることを認めるに足りる証拠はない。そして、これらの支出については前記のとおり株主総会の判断を経ているから、控訴人らの原判決請求原因3(二)の主張は理由がない。

四  参加人の本件申立てについて

参加人は平成9年8月4日になって本件参加の申出をしたが、控訴人らと被控訴人間の本件訴訟は、同月18日の当審第2回口頭弁論期日において、弁論を終結することが可能な状態であった。しかるところ、本件参加の申出を許した場合、本件訴訟の目的が控訴人らと参加人につき合一に確定すべき場合に当たるから、控訴人らのした本件自白は、参加人が同様の自白をしない限り、効力を生じず、被控訴人において被控訴人主張の株主総会が適法に開催されたことを立証しなければならなくなり、そのために原審で申請されている証人E山E男を始めF山F男等関係者の証人尋問の実施など相当期間にわたって審理が必要となる。さらに、被控訴人の右主張事実が認められないときは、控訴人ら主張の事実上の取締役が商法267条の取締役に含まれるか否かについて、審理を尽くす必要がある。そうすると、控訴人らと被控訴人間の本件訴訟を不当に遅延させることは明らかである。

したがって、参加人の本件参加の申出は、商法268条2項ただし書きにより許されないものであり、不適法である。

五  よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、参加人の本件申立ては不適法であるから却下することとし、控訴費用の負担につき民訴法95条、89条、93条1項を、参加費用の負担につき同法89条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例